マジョリティが感じている「わかりあえない孤独」を代弁?―欅坂46「黒い羊」

欅坂46のデビュー3周年を祝う 3rd Year Anniversary Live が、4月4日(木)から3日間、大阪フェスティバルホールでおこなわれました。

先月、長濱ねるさんが卒業が発表され、欅坂46ファンとしては寂しさを禁じえませんが…、SNS上の感想を見る限り感動的なライブだったようです。(ちなみに私はグループ全体も好きですが推しは長沢菜々香さん。)

 

 
 

感情を揺さぶられる「黒い羊」

2月下旬には8枚目のシングル「黒い羊」がリリースされ、昨年からメンバーの卒業が続いてはいるものの売上はそこそこ好調のようです。

さて、この8枚目シングルはCDの発売や音楽配信の販売開始と同時にYouTubeでもミュージックビデオ(MV)が公開されたのですが、そのコメント欄がちょっと盛り上がっていまして、個人的に注目をしています。

MVでは1人1役を演じて、コンテンポラリーダンスに合わせて、拒絶したり抱き合ったりする振り付けで、とても感情を揺さぶられる作品になっていると思います。

そんなMVのコメント欄から、いくつか書き込みを拝借してきました。

 

歌詞にある「僕だけがいなくなればいいんだ」ってところホントに共感出来る。

 

(TV番組のパフォーマンス)超かっこよかった。辛いことがあった時は頭の中で黒い羊を流して、気持ちを楽にしてます。

 

仕事で色々なこと押し付けられて、嫌って言えなくて。抱えきれなくて辛いけど、この曲で本当に救われてます。大丈夫って優しく寄り添ってくれてる気がして。大切な曲です。

 

「周りと違うそのことで誰かに迷惑かけたか」って言葉がすごく刺さった。私は原因不明の体調不良で、学校を休むことが多く、体調が悪いことも全然理解してもらえなかった。先生にも「卒業できないよ」とか「やる気ないならやめろ」とかたくさん言われて、毎日つらくて、頑張って行った日に限ってそんなこと言われて、普通に学校に行ける人が羨ましいって思ったし、サボりでしょ?とか言われるのが辛くてたまらなかった。この曲聴いて、気持ちを楽に学校に通うことができた。世の中には悩みを抱えている黒い羊がたくさんいるんだって。自分だけじゃないんだって思えた。明日無事に卒業することができます。素敵な曲をありがとうございます。

 

人生で初めて聴いて泣いた曲、MV観て泣いた曲。この曲がたくさんの人を救ってるっていうエピソードをコメント欄でたくさん見て、その人たち目線で曲聴くとさらに切なくて苦しくなって、でも、そのもやもやを晴らしてくれた曲だと思うと本当に偉大な曲だなって感じた。自分にも心当たりのあるお話があって、皆さんと同様に救われました。

 

周りのことばっか気にしてこれ言ったら目立ちたがりやとか言われるかなとかこれやったら目立っちゃうかなとか。そんなこと気にして生きてきたけどクラスの一軍とか気にしないで自分がやりたいことをやろうって勇気をもらえた曲。嫌われ者だって幸せになれる。

 

言いたくもない友達の悪口とか先生の愚痴とかばっかりで、うんざりしてました。そうしないと1人になっちゃうから適当に波に乗って それな― とかいってました。でもこの曲を聞いて 変わろう って思いました。

 
欅坂46『黒い羊』MV

 
 

意外と多い「周りに合わせ、他人に振り回される人」

羊といえば、白いものが思い浮かんできますが、黒い品種もわりとあるみたいなんですね。

ところで、この「黒い羊(=Black Sheep)」という言葉、心理学やキリスト教などでも使われる言葉でだそうで、「厄介者」「除け者」「変わり者」「仲間はずれ」などの意味します。

たとえば心理学で「黒い羊効果」と言ったら、集団の中で馴染めない者・異なる者が他の多数の者から迫害されることを表します。少数の「黒い羊」を迫害することで、大勢の「白い羊」に一体感が生まれ仲間意識が強くなるのだそうです。

学校やグループ内の友だち付き合い、会社の上司、先輩、同僚との関係、地域のコミュニティ、あるいは家庭や親族との関係など、思い浮かびます。

実際に『黒い羊』の歌詞には、歌の主観である「僕」を取り巻く人間関係について、かなりストレートな表現で歌われています。
 

夕暮れ時の商店街の雑踏を通り抜けるのが面倒で
踏切を渡って 遠回りして帰る

 

反対が僕だけならいっそ無視すればいいんだ
皆から説得されるほうが居心地悪くなる
目配せしている仲間には 僕は厄介者でしかない

 

人間関係の答え合わせなんか僕にはできないし
そこにいなければよかったと後悔する

 

価値観、好き嫌い、得意不得意などは十人十色でいろんな人があります。自分と異なる人と話し合って解決できるのか、というと、上手くいくことのほうが少ないかもしれません。

衝突することで傷つけられたり、傷つけてしまうこともあり、気苦労が伴います。そこで、周りに合わせ、言いたくないことでも言わなければならず、仲間はずれにでもなろうものなら、疎外感を感じて悩んだりします。

クラスメートや、中には教師から、悪口を言われたり仲間はずれにされて、自ら命を断ってしまう中高生のニュースも度々耳にします。そういう悲劇はあってはならないことだと思いますが、疎外感で苦しんでいる人はかなり多いのではないでしょうか。

黒い羊とは、集団の中の少数の厄介者、であるにも関わらず、「周りの人との価値観の違い」や「疎外感」で悩み、「自分は黒い羊だ」と感じて人は、じつはかなり多いのではないでしょうか。

教育現場などでは、いじめをしている側の子も「自分は理解されていない」と心に傷を負っているケースも多いようです。(だからといっていじめは許されるということではありませんが。)
 

 
 

多くの人が感じている孤独の代弁か

曲中では、「黒い羊とはどんな人のことか」ということは描かれていません。

MVでも、こういう人が白い羊、こういう人は黒い羊とハッキリ描かれているわけでもなく、むしろ誰もが白い羊であり、黒い羊でもあるようにすら思われます。

心の奥底は誰にもわかってもらえない

人世間愛欲の中に在りて、独り生まれ独り死し、独り去り独り来ると言われるように、自分を愛してもらいたい、理解してもらいたい、と思っていても、どうしても限界があります。

「あの人には何でも言える」というのは、「言える範囲のこと」は何でも言える、ということであって、もうどう頑張ってもわかりあえないこと、絶対に言えないようなことがある。

体は誰かと一緒にいても、心は一人ぼっちなのだと言われたお経の言葉です。

気が合う恋人同士であっても、「この人は本当に自分のことを好きなんだろうか」と不安になります。

というか、息がピッタリな相手であるほど、心の中を覗き見ることができない孤独を感じることもあります。

生まれてから経験してきたことも、育った環境も一人一人異なりますから、心は孤独で不安な旅をしているようなものです。

相手とわかりあうことができない孤独感とは、じつはほとんどの人が経験していることなのではないでしょうか。

もちろん、そういうことは面と向かって言うことではありませんので、普段は心の中にしまっています。

そういう意味で言えば誰にも言えない孤独を抱えている「サイレントマジョリティー」の心境を、ストレートな言葉で代弁しているのが「黒い羊」なのかもしれません。

デビューシングル「サイレントマジョリティー」での、「周りの意見にYesでいいのか?」という問いかけは、8thシングル「黒い羊」では以下のように、より鋭いメッセージとして描かれているように感じます。

 

白い羊なんて僕は絶対なりたくないんだ
そうなった瞬間に僕は僕じゃなくなってしまうよ
周りと違うそのことで誰かに迷惑をかけたか?
…(中略)…
自らの真実を捨て白い羊のふりをする者よ
黒い羊を見つけ 指を指して笑うのか?
それなら僕はいつだって
それでも僕はいつだって
ここで悪目立ちしてよう

 

同病相哀れむとも言われるように、この「お互いに孤独感を抱えている者同士」という相互理解は、人と人とが本当の意味で解り合い、歩み寄る上で、とても大切なことだと言われます。

 
 
ファンとして、今年も欅坂46から目が離せません(笑)